父の葬儀の支えを色んな方々から頂く

このサイトもアニパラも去年の暮れからしばらく更新できなかった理由は最初、主人のヘルニア再発からだった。
それからラブラドール夫婦にパピーが誕生・里親探し…と言ったお話は、ここを覗いていただいている方はよくご存知でしょう。

だから私の父、つまりつる。の父ちゃんが今月20日に永眠したことも株式会社いさわやアニマルハウス倶楽部の記事で確認いただいていると思います。

父の闘病中も、そして訃報から23日の通夜と24日の告別式といったあらゆる場面において、身近に、あるいは遠方からも支えてくれた、私の友人や弟の友人、そして「UNISEX」と「富士アニマルハウス」関連の方々に、大変遅れてしまったけれどこの場を(も)借りて深く感謝しありがとうを伝えたいです。

今回は恐縮ながら全てを記することは出来ないので、その一部をご紹介させて頂きます。

突然私の前に現れたオールバックの男

通夜の準備をしていた23日の夕方、親族控室のドアの向こうから主人が私を呼びながら、サングラスを掛けたオールバックの男性を招き入れた。
その風貌をNETでしか見ていなかったのと、まさか彼が今日富士市に居るとは思っていないので一瞬戸惑ったが、
「みどりさん久しぶり!」と発した声とその姿はまさしくKURAMOTO氏だった。
そう、UNISEXの一番最初のスタッフの倉本だ。久々の再会を喜びハグしあった。
もう何年も会っていない父のことを忘れずにいて、この場に来てくれたことが何より嬉しかった。

彼無くしてあのUNISEXという不思議空間は生まれなかったし、彼の大胆で類まれな人生と、マニアックでちょっとコケティッシュなセンスやアイデアなんかは、後々の私達姉弟に大きく影響を残した。

写真はかれこれ30年くらい前のものだ。
奥にいるSUDA氏は、UNISEXもまだない彼が10代の頃からラタンに遊びに来ていて、その悪友が倉本だった。

KURAMOTO氏は現在東京で高倉組という、風変わりだが一部の業界では重宝される芸能活動をしている(という情報)。
彼は今の風貌からは想像できない若干おねぇな語り口調で話していた。私が知る限りそれはインテリジェンス豊かな人に多く、彼もまた例外ではなかった。昔から語彙の豊富な男だった。

彼と弟の思い出や画像はいずれアニパラで紹介していくことにしよう。
通夜のあと、主人のバンド仲間や弟の親友たちと、彼を交えて少し話をした。
あの時代を知っている弟を取り巻く人達は、倉本の事も覚えてくれていて、そのことも私にはとても嬉しかった。

そして彼は翌日の告別式にも現れ、葬儀の写真や動画を撮影してくれていた。
告別式は老人ばかりなので、そのような事に気を回す発想がある方は当然だが皆無だった。
彼のお陰で貴重な画像や映像を頂くことが出来たし、何らかの処理が施されているのか映像はとてもドラマチックに描かれていた。
それらは親族と共有し大切にさせてもらうよ。本当にありがとう。

充分に話ができなかったけれど、またいつかゆっくり会いたいね。
今度は私から出向くことにしよう。

🔗高倉組facebook

One Night Standsと「特定非営利活動法人キミスタ」

私側の親族において、主人には何かと負担をかけてきています。籍を入れてからは特に。
この葬儀でも影に日向に動いてくれていたので、多くの主人のお友達にもご会葬頂きました。ありがとうございます!

そして現在の主人の音楽活動に深い関わりのある「特定非営利活動法人キミスタ」様から供花が届いていました。
 本当にありがたかった。

弟や主人は「特定非営利活動法人キミスタ」の理事長とは、UNISEX時代からのお付合い。
少しだけ取り掛かっていたアニパラのUNISEXの貴重な資料に、理事長である望月氏の若かりし頃の「One Night Stands」のお姿があったので、許可を得てチラりとご紹介させて頂きます。
「One Night Stands」は知る人ぞ知るイカ天にも出たメジャーバンド。それはまたアニパラでご紹介して行かなければね。
資料の整理も滞っているけれど、なんとか頑張ろうと思った日でした。

今回のアニマルハウス倶楽部の里親探しでは、仔犬や親犬のごはんも提供してくれたり、突然のグッズ制作に力を貸してくれていて、それだけでも目まぐるしかったのだが、物販サイトの準備の最中に訃報が入ってからも懲りずに対応して頂いて、とても感謝しています。
今後のアニパラやアート・ビート・クラブの活動においても、グッズ制作などにご協力頂く予定です。
アニ倶楽部グッズ、アニパラグッズ、もうちょっと待っててね!

「特定非営利活動法人キミスタ」とは、楽器のメンテナンスや音源制作など親身になって対応してくれるバンドマンにとってありがたい存在。バンドマンのハートがわかるキミスタのサイトやスタジオに是非行ってみてね。

🔗キミスタfacebook

ビストロユイットの幕の内弁当

父は洋食が好きだった。蕎麦屋なのにねw。
東京で仕事をしていた時代に、洋食屋さんでの食器の扱いに苦労した経験があったそうで、子供の頃には外食といえば「ナイフとフォーク」で食べるところに連れて行かれた。
父の親友にJUNちゃんという人がいて、三島でレストランを営っていたので、そこにもしょっちゅうお邪魔していて、その方の親友の紹介で弟は東京のとあるレストランに就職したのだ。(弟の板前修行はまたの機会に)

通夜までの日にちが空いて、パピーの引取予定日前日が葬儀だったこともあり、払いの膳の席は設けることを失礼させて頂き、代わりに、ラタンの元スタッフがオーナーシェフの「Bistro Huit(ビストロユイット)」に仕出しのお願いをした。
払いの膳としてはイレギュラーだけれど、ここに「父らしく」を入れてみたかったのもあった。
オーナーシェフは、フランスに渡り料理の修行をし、幾つかのレストランでも経験を積んできた肝いりの料理人だ。
彼の仕事に対する姿勢は若い頃からなかなかのものだった。料理だけではなく「店を持つ」という事にも心構えがあって、きっとやり遂げるであろうと信じていたし応援したいと思っていた。

数年前に店を開店させたことは聞いていて気にはなっていたが、まだ一度も訪れたことがなかった。
それでも、私の急なお願いを快諾してくれて、配達場所を変更したにも関わらず、現場からの連絡にあわせて素早く対応してくれた。
そしてその料理一つ一つに手が掛かっていて、それはそれは美味しかった(ようだ)。

「ようだ」というのは、実は私の分まで回ってこず、メインのお料理は味わえていないのだが、姉たちが「美味しい!」と絶賛していたからだ。
見ればもちろん食材を吟味し手を掛けた料理とわかるコスパの素晴らしいものだった。
彼のお姉さん(私の後輩)とそのご主人(弟と主人の旧友)に今回のパピーの里親さんになっていただいたこともあって、ご縁が深くなり、このことも嬉しい出来事でした。
斎場では話もできなかったので、近いうちに食事しに行きますよ!

🔗ビストロユイットfacebook

つながるご縁

他にも多くのご縁を感じる出来事があって書き尽くせないのだけれど、パピーお引渡し後の記事にも書きたいと思っています。
アニマルハウス倶楽部の記事が前後し混乱するかもしれないけれど、どうぞ宜しくお願いします。

長々とお読みいただきありがとう!

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